2026/08/04 18:05
農業は、種をまき、育て、収穫し、商品として出荷することの繰り返しです。
しかし有機農業では、虫に食べられたり、病気になったり、形が悪かったり、小さかったりして、商品になれない野菜がどうしても出てしまいます。
私はそんな時、ワインやウイスキーの蒸留所に伝わる「天使の分け前」の話を思い出します。
ワインやウイスキーづくりには熟成の工程がありますが、木の樽で熟成させると、アルコールや水分が少しずつ蒸発し、お酒が減ってしまうそうです。
せっかく作ったのにもったいない気がしますが、生産者たちはそのようには考えず、むしろ「天使が飲んでしまった」と考えるようです。木の樽を使わずにステンレス製の樽にすれば目減りはしません。しかし、天使が飲んでくれるからこそ育まれる深い味わいがあるのでしょう。
ワインやウイスキーを取り巻く環境には、そう信じて木製の樽を使い続ける生産者と、その味や香りを愛する人々、そしてその考え方を大切にする伝統と文化があります。
この考え方は、日本の和食の基本となる味噌や醤油、酢や酒にも通じます。これらも発酵食品であり、微生物の働きによって生まれます。
人の役割は、微生物が心地よく暮らせる環境を整えることであり、発酵のための樽を手入れしたり、部屋を適切な状態にしておくことが重要な生活の仕事とされました。築100年以上の蔵が今も使われているのは、古い柱や土壁、土間に、その土地に合った菌たちの生態系が息づいているからです。
かつて日本の家屋には、味噌や漬物、野菜を保存する「味噌部屋」がありました。薄暗い空気の中に生命(いのち)が息づき、食事づくりはいつもそこから始まりました。
では、有機農業はどうでしょうか。
商品にならなかった野菜たちもたくさんありますが、なくなったわけではありません。土に還り、微生物に分解され、また次の生命の源となります。ワイン蔵や醤油蔵や味噌部屋に生命が宿り、天使や神様が見守っているように、有機農場の土の中や空気の中には、出荷できなかった野菜たちが形を変えて存在し、次の野菜を支え、生きる力を育くんでいます。
農薬や化学肥料を使うことは、便利で効率的です。しかし、それらを使いすぎることは、本来なら生まれるはずの命の連鎖のきっかけを失うことになりかねません。全て収穫につながらなくても悲観しない。循環の中で目の前に現れた野菜に感謝し、生命(いのち)が巡っていることを感じられる、それが有機農業の魅力です。
(NPO法人代表 大角昌巳)

